2014年4月3日木曜日

新しい年度を迎えて

忙しさにかまけて更新が滞ってしまいました。

 フェルデンクライスの有資格者となって2年ほど経ちましたが、当初にイメージしていたほどフェルデンクライスの専門家にはなっていません。むしろ、フェルデンクライスが生活の一部として落ち着いてきた感じがします。
 私は畑を細々とやりながら、肉体労働やITの臨時仕事で生計を立てて、料理とか音楽とか読書とかを楽しんでいる日々ですし、本当の研究対象は実はフェルデンクライスではなくてもっと別にあって、それを研究する一手段としてフェルデンクライスをやっているというのが実情です。何の研究かは名前がつけられないので、今はただの「研究」です。
 畑もフェルデンクライスも私がこの世界を理解するための一手段です。初めは世界の構造を「知ろう」と思っていましたが、「知っている」だけでは理解できないことに気づくことができました。フェルデンクライスを理解するとき、その理論や技術だけを知っていっても絵に描いた餅です。日々の食べたり、寝たり、仕事したり、洗濯したり、掃除したり、喧嘩したり、落ち込んだり、もてなしたり、お世話になったりすることに応じていく身体に合流していかなければ、その理解を人に手や言葉を通じて伝えることはかなわないと感じています。その理解がどれくらいになったかを確認するのに畑やフェルデンクライスは私の生活で必要なものであり、確認が次の理解につながるのが楽しいのです。

 もともとお金儲けの才能とお金を儲ける気力がないので、「フェルデンクライスで生計を立てるにはどうしたらいいか?」ということは、できるだけ口に出して言うようにしています。が、あんまりうまくいってません。でも、その両立を考えていくことはなんとなく私の人生で大切なバランスをもたらすと思っています。心の豊かさを広げていく中で浮世離れはしたくないからです。
 フェルデンクライスで得た理解を実生活に溶け込ませると同時にすご腕のプラクティショナーとしてスキルアップしていって、この仕事を増やして行きたいです。そのスキルアップを軌道に乗せる一年として活動していくことになりそうです。なりそうですという表現はずいぶん他人事ですね。

 フェルデンクライスメソッドは結局「モーシェ・フェルデンクライスが考えたこと」という意味でしかなく、彼が亡くなった後、その先の考えを広げていくのは各自でやる必要があるのですが、それでも「フェルデンクライス」と呼ぶことに私個人として一抹の違和感はあったりします。モーシェ・フェルデンクライスが、なぜこのようなことを考えたかについてはもっともっと理解を深めたいと思っていますが、モーシェ・フェルデンクライスのやり方やスタイルまで忠実に真似るつもりはありません。もっともっといいものにしていきたいと思います。


 年度の始まりということで、色々書いてしまいましたが、今思っていることで、また学習が進むに連れてたぶん変化していくことでしょう。こんな感じで一年やっていこうと、今は思っています。なので、生活とフェルデンクライスがごちゃ混ぜに今後レポートされそうですので、ご了承ください。

花坂薫平