好き嫌いをはっきりすることと、わがままを言わないことは両立できないことでしょうか?
私は両立できると今は思います。
好き嫌いを持ったうえで、自分自身の好き嫌いを超えて世界を理解できる能力を人間は持っていると思うからです。理解できた結果、自分の好き嫌いに左右されずに生きることができるようになり、いざ選択すべきときには迷わず自分の好きなものが選択できる。そうやって生きていれば、幸せも苦しみも人生を深める助けをしてくれます。
社会の目は年々厳しくなってきていますが、社会の要求に合う自分を作ろうとするあまり、自分自身の好き嫌いを押し殺すのは将来的に大きな問題を抱えることになりかねないと思うのです。私は、フェルデンクライスと育児の時間の中で、私自身と相手の双方が、自分自身の好き嫌いに忠実になれる瞬間を模索し続けています。その上で別の選択肢もまたあるのだということを見ていくことも同時並行で進めています。
実際に取り組んでみると、簡単ではないことだと感じます。しかし、取り組む価値のあるものだとも感じます。フェルデンクライスメソッドは自分自身の体が本当のところ何をしたいのか問うところから始まり、自分自身の動きを超えて多くの動きの選択を獲得していく方向へと発展します。結果さえ急がなければ、一見両立しえないようなことも両立できる力を誰もが持っていると信じています。