花坂です。
四月のスケジュールを更新しました。画面上のメニューにある「スケジュール」からご覧になれます。
京都のワークショップでリオラは、「人間はほぼ共通の骨格構造を持っている。それは物理的に効率のいい動きも多くの人に共通していることを意味する。」と説明していました。
私は職業柄、人間だけでなく機械もメンテナンスしますし、特に修理の過程が大好きです。
人間も機械も周囲から要求される機能を持ち、その必要性に基づいた構造を形作っている点は共通しています。なので、柳宗悦が提唱した「用の美」は、とても理に適っていて、そのようにして作られた機械は例え破損しても別の仕組みで機能を回復することが容易です。それでいて修復の跡が外に現れていても、機能を支える構造としての美しさがあります。
逆に、先に「美」を定義した上で作られているものは破損したときに表面を取り繕うことに追われてしまいます。これは、人間の「健康」においても同じことが言えると思います。
人間の健康は、その人の置かれている(社会的、物理的)環境で必要なパフォーマンスが出せている状態だと私は考えています。肝臓の数値が基準以上であろうと、片腕が無かろうとも環境から要求されるものに十分に応えられれば、その人は健康なのではないかと。
逆に今の環境でパフォーマンスが出せないとき、つまり健康状態じゃないとき、環境を変えることで要求される機能を変えて健康を取り戻すという手段もあるわけです。人間の健康は常に環境との相互調整の中にあります。
しかし、先に「健康」について詳細に定義してしまうと、相互調整ができなくなってしまいます。形としての「健康」をどう維持するかで頭がいっぱいになってしまうのです。
そして、人間には「無限の自律性」があります。私たちの身体は私たちがあれこれ言わずとも環境から要求されるものを読み取り、環境に適応するように調整する力が備わっています。機械の自律性は人から何か定義されないと何もできない有限の自律性です。身体の賢さは機械のそれとは本質的に異なるのです。
私たちが健康のために何かするのであれば、環境からの要求を受け取る感覚を磨くこと、あらゆる環境に適応しやすい身体を整えることの2点だけです。あとは自律性に任せることができます。
フェルデンクライスメソッドは、そういう意味で健康を維持する仕組みが必要十分に備わっています。骨格の構造と重力という地球上に住まう人間にほぼ共通する環境の調整から着手することにより、誰にでも、どんな環境へも応用することができる仕組みを身体に実装できるのです。
そしてそのシンプルな仕組みは、例え事故に遭っても迅速に環境と自己とを調整して、その場その場で必要とされる生を維持し続けるメンタリティへ繋げることができます。