花坂です。
本日(日曜日)、高校のサッカー部員がフェルデンクライスのレッスンを受ける様子を見学する機会があり、大変参考になると同時に、フェルデンクライスが他のトレーニング方法と何が違うのかを改めて考えさせられる機会となりましたので、個人的な備忘録としてまとめました。
総じて言いますと実戦で役に立つために、実戦で邪魔になる要素は持ち込まないということです。やはり、歴史的に常に危機に晒され続けたユダヤ人が考え出したメソッドなのだなぁと思います。
1.姿勢よりも動き
これが肝であり、何よりも説明が難しいのですが、本番において練習と全く同じ形に持ち込んで成功する例は少ないということがあると思います。むしろ練習時の形を意識するあまり失敗したという状況を多く見受けられます。ということは、練習するときに「形」で記憶するのは実戦には不適切で、刻々と変わる環境に体のスイッチが切り替わっていくことを前提に学習し、本番に柔軟な対応できる状態を作り出すという考えです。孫子で言うところの「兵に常勢なく、水に常形なし」というものです。
2.モニタリングの量を重視する
動きで物事を捉えることは、状況の変化を受け取るセンサーの数を増やし、一連の動きの中でセンサーがチェックする回数を増やす必要が出てきます。これにより相手よりも変化に早く対応できることになります。身体でセンサーの数を増やす方法は、「慣れている動きと慣れていない動きを交互に行う」であり、またセンサーが一連の動きにチェックする回数が増えていく方法は、「ゆっくり動く、逆の順番で動く」のが効果的です。これらはフェルデンクライスメソッドの多くの動きに共通しているものではないでしょうか?
3.頭で処理することを最小限にする
意外に思われる方もいるかもしれませんが、ここまでの内容がクリアできれば逆に頭は使わないで済むに越したことはありません。動きの繋がりは無数にあり、モニターされる情報も膨大な量となるからです。これをいちいち頭で考えていてはパンクしてしまいます。モーシェ・フェルデンクライスは生徒にメモを取ることを固く禁じました。メモに書いてあることを思い出していては実戦で出遅れてしまうでしょう。身体が賢くなれば、頭では更にその先を考えることができます。身体を賢くする方法の一つは、頭で理解したらできるだけ早く忘れることです。現代社会において表層意識から忘れることは嫌われがちですが、忘れられたものは形を変えて体に蓄積されていきます。この形のほうが頭で文字情報として記憶され続けるよりもずっとコンパクトで柔軟です。思い出し、忘れるプロセスを繰り返す中で情報は洗練されていきます。今後は忘れる量を減らすよりも仕入れる情報をより多彩にする訓練が身体と人生をより豊かにすることでしょう。
以上の3点が具体的な方法以前の方向性としてフェルデンクライスメソッドに存在しているというのが現時点で私が整理した考えです。フェルデンクライスメソッドを応用したトレーニングを考える時、常にこれらを考慮しながら組み立てていきたいと思っております。