ご無沙汰しております。花坂です。
予告した毎週のレポートを書こうと思ってはいたのですが、うまく言葉にならなかったのでそのままにしていました。
言葉は思考の連続性を維持するのに適した道具です。
しかし、逆に思考の根本が変化した場合、一時的ではありますが、言葉が追いつかなくなります。
特に脳に刺激を与える面白い変化というものは、私達の意識が予測していない場所で起こるほうが多いのではないかと思います。
フェルデンクライスを実践していて思うのは、言葉は常に後から来るものだということです。
ある程度は、事前に説明できるかもしれません。
それでも、プランはあくまでプランであり、実際の行動は更にその先を行きます。
言葉にしながらも言葉に縛られないで先に進むことが、人間にはできます。
初めて参加する人が多いワークショップで、とりたてて説明をせずにワークを進めていくと、
参加者のそれぞれが、ただ感じ取ることに没入する時間が訪れることがあります。
これこそ、モーシェ・フェルデンクライスが我々に贈ってくれた最高のプレゼントではないかと思うのです。
よく管理が行き届いた組織ほど、プラン通りに行動することが求められ、それ以外の行動はイレギュラーなものとして処理されます。かつては私もそうあるべきと考えていました。今は、プランから外れても自由なルートで帰ることが出来ると考えています。意識の外にも生物の秩序があって、それに則れば迷うことはありながらも、なんとかなります。